北海道[十勝川温泉]
ホリデーインホテル十勝川
河東郡音更町十勝川温泉南16丁目2    
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アイヌ語地名編


 白人小学校、白人公園、白人の森
 十勝に残る不思議な地名
 北海道の難読地名の筆頭にあげられるのが十勝川温泉から十勝川を渡った先にある幕別町の白人地区。実は「白人」と書いて「ちろっと」と読みます。
白人小学校
白人小学校前のバス停
幕別町蝦夷文化考古館
幕別町蝦夷文化考古館
 かつてこの地には、アイヌの集落「チロット コタン」がありました。明治に入り「十勝国」となった当時も中川郡白人村という村政が敷かれました(明治39年に5村が合併して幕別村が誕生)。
 白人(ちろっと)とはアイヌ語の「チル・オッ・トー」(cir-ot-to=鳥の・多くいる・沼)に由来する地名で、十勝川流域の肥沃な湿原地帯にたくさんの鳥がいたことが推測されます。
 白人小学校は、明治30年11月3日に私立教育所を開設したのが始まり。
「チロット コタン」の歴史に関しては、町立の「幕別町蝦夷文化考古館」で詳しく解説されています。チロット コタンのアイヌの指導者であった故吉田菊太郎さん(明治29年7月20日〜昭和40年1月8日)は昭和15狽1月に北海道アイヌ文化保存協会を組織して以来、先祖の残した文化財が散逸するのを恐れて、文化財を蒐集してきました。
 吉田さんの死後、個人の遺志を継いだ遺族は施設と収蔵品を町に寄贈、それを公開展示するのが「幕別町蝦夷文化考古館」です。
●入館無料、10:00〜16:00、火曜(祝日の場合は翌日)休、12月30日〜1月5日休、TEL0155-56-4899

 十勝の地名のルーツは、オッパイ山?
 1808(文化5)年に書かれた『東蝦夷地名考』(秦檍丸撰)には、「トカチベツ、古名トゥカプチ也。トカプチは女の乳の名なり。其地に乳の形に似たる丘有る故に地名となれりと酋長クショバック語りき」と記しています。
 つまり十勝とは、tokap-usi(おっぱい・のような場所)というわけです。幕末の探検家・松浦武四郎も「元名トウカプ。訳て乳之儀」と記しています。
札内川
札内川
 さて現在十勝でオッパイ山と伝わるのは、糠平湖の北に聳える美里別岳(ビリベツ岳)と西クマネシリ岳。アイヌ湖畔に住み、アイヌの口承文芸であるユーカラ(叙事詩)の伝承に努めた山本多助エカシは「オッパイ山こそ、ユーカラで神々の国土造りの舞台になった場所」と語っています。
 北海道の地名のルーツは9割がアイヌ語。それをひもとけば、十勝の風土が見えてきます。
帯広
オ・ペルペルケ・プ(o-perke-p=川口が・幾筋にも分かれる・場所)が訛ってオベリベリ。やがてオビヒロに転じたと推測されています。
千代田
鮭を捕獲する堰堤があります。いかにも和人が付けたような地名ですが、ここも実はアイヌ語由来で、ci-e-orta(我々が・食べる・場所)の意。アイヌの人もここで遡上する鮭を捕まえたのでしょう。
札内
帯広市内を流れる札内川。サッ・ナイ(sat-nay=乾いた・沢)。砂利の河原が広がる川という意味合いで、今もその雰囲気が残されています。
忠類
チウ・ルイ(ciw-ruy=流れ・強い)という意味で、旧忠類村を流れる当縁川が上流部で急流をなすことに由来しています。
歴舟
大樹町を流れる有名な歴舟川。ペ・ルプネ・イ(pe-rupne-i=川・大きい・ところ)。南西の風が吹き、嵐となると増水する川という意味に解釈されています。歴舟は「へるふね」と読ます当て字でしたが、現在では転じて「れきふね」となりました。
大樹
帯広と広尾を結ぶ交通の要所。タイキ・ウシ(tayki-usi)とは蚤(tayki=ノミ)の多い場所の意。
大津
十勝川の河口の村。大きな湊という意味かと思いきや、これもアイヌ語のオホツナイ(oho-utnai=深い・枝川)に由来。十勝川は河口で二つの枝川に分かれている。
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